冷し中華は1月2日から

SMAPと関ジャニ∞

”努力の神様:中居正広”

私が尊敬してやまないある一人の男の人がいる。
尊敬するのも本当は恐れ多い、そんな存在。

中居正広:1972年08月18日生まれ
日本の国民的アイドルグループ”SMAP”のリーダーである。

今回は以前(2011/01/03)放送された
”中居のかけ算”
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について私の妄想を加えてお話していきたいと思う。

光GENJI”としてデビューできる道を逃した彼は
とても後悔した、スケートの練習にサボらず通っていればきっと、俺は”光GENJI”になれていた。と
SMAPバラエティ部 スマシプ!”で語っていた。

そんな彼は16歳にして変化を見せた。
そこには城島茂が尊敬してやまない中居正広の姿があった。
城島茂が尊敬してやまないジャニーズ事務所のタレントは2名。東山紀之さんと、城島君の年下である中居正広である。
それを聞いた中居くんは”東くんに、失礼だよ。”と笑顔を見せた。何故、城島君の2個下である彼は城島君を唸らせることができたのか。

それは寮でのとある夜の出来事である。
そこには顔を真っ青にした中居君がいた。
城島君は思わず、”大丈夫、中居ちゃん?”と声をかけた。”んー、ダメだなぁ”と中居君は言い、社長と城島君で病院に連れていく、ということが何度もあったという。
なんでそうだったのか、当時の城島君は中居くんの部屋の地べたにノートが落ちているのを見つけた。”なんやろ?”とそれを城島君が手に取ると文字で真っ黒になったネタ帳であった。ネタ帳には(MC ステージ構成 演出)などが記載されており、城島君はそれを見た時に”歳なんて関係ない”と気づき、今まで呼び捨てで呼んでいたのを尊敬の意を込めて”中居”から”中居ちゃん”と呼ぶ様になったという。

中居君は体調を崩しがちだった当時のことを笑いながら語るとやはり”光GENJI の圧倒的存在感”を口にした。
”ボーっとしててもダメだ。”そう気付かせたのが”光GENJI”という存在だった。

そして、そんな中居正広にも転機が訪れた。
光GENJIのコンサートでの”SMAP デビューお披露目会”である。
当時、同じ場所でJr.としていた城島君はSMAPに漂うただならぬ緊張感を感じた、という。
それは、中居君と同年代である木村拓哉からも、だ。そんな時、中居君は木村君に声をかけた。

”大丈夫だよ。”

メンバーには、
”俺に任せとけば大丈夫だから、メンバー慌てるな。”

その後、中居くんはクーラーボックスを何故か担いで”おい、いくぞ!”とメンバーに声をかけてステージ上に上がった。中居君はステージに上がるとクーラーボックスを開けて飲み物を光GENJIに配りながら”いつもお世話になっております””お疲れ様です、先輩”という行動をとり、会場全体、5万人の空気を一発で変えたという。

これを全く覚えてない、という中居正広

しんどい、と思うくらい努力してきた証が開花された瞬間であった。
彼は時に”SMAPに俺の事をリーダーと呼ぶ人はいない、皆「中居君」「中居」だからリーダーとは呼ばないんです。きっとメンバーも意識していないだろう、”と。
しかし、彼と同年代である”木村拓哉”は以前”音楽の日”という番組でこう答えている。

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彼に直接言わないだけで、皆が彼をリーダーとして認識しているのである。
SMAPの、個々が自由でいられる理由、個性が発揮できる理由は、中居正広の影にある努力のおかげだと私は信じて止まない。
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